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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)5900号 判決

甲・乙事件原告(以下、原告という。) 川畑鈴江

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 相馬達雄

同 山本浩三

同 松葉知幸

同 中嶋進治

右訴訟復代理人弁護士 小田光紀

甲事件被告(以下、被告という。)財団法人 八尾市清協公社

右代表者理事 山脇悦司

右訴訟代理人弁護士 北村巌

同 北村春江

同 古田子

同 村上充昭

甲事件被告補助参加人・乙事件被告(以下、被告という。) 八尾市

右代表者市長 山脇悦司

右訴訟代理人弁護士 粟津光世

同 岸田功

同 水谷保

同 奥野寛

同 前田春樹

主文

一  被告らは、各自、原告川畑鈴江に対し、金四六八万六七七二円及びうち金四三五万三四三九円に対する昭和五五年四月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告川畑純一、同川畑豊寿に対し各金三九八万六七七二円及びうち金三六五万三四三九円に対する昭和五五年四月二七日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち参加によって生じた費用は補助参加人の負担とし、その余の費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

第一原告ら

一  被告らは、各自、原告川畑鈴江に対し金一一三〇万六三〇五円及びうち金一〇三〇万六三〇五円に対する昭和五五年四月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告川畑純一、同川畑豊寿に対し各金九六〇万六三〇五円及びうち金八八〇万六三〇五円に対する昭和五五年四月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言。

第二被告ら

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

(当事者の主張)

第一原告らの請求原因

一  原告川畑鈴江(以下、原告鈴江という。)は、昭和五一年一〇月四日、八尾市上尾町八―二八所在八尾市立衛生処理場(以下、本件処理場という。)内で死亡した川畑昇(以下、昇という。)の妻であり、原告川畑純一(以下、原告純一という)は昇の長男、原告川畑豊寿(以下、原告豊寿という。)は昇の次男である。

昇は、昭和五〇年六月から被告財団法人八尾市清協公社(以下、被告公社という。)との間の雇傭契約に基づきバキュームカーの運転手として勤務し、毎日三回ないし四回八尾市内各域をまわり屎尿をくみ取り本件処理場内の屎尿投入所に投入処理する業務に従事していたところ、昭和五一年一〇月四日、本件処理場で屎尿投入作業を行っていた際、突然後退してきたバキュームカーに轢過されて死亡した(以下、本件事故という。)。

二  本件処理場内の屎尿投入施設の構造は別紙図面一のとおりであり、バキュームカー運転手は、北側の長さ一〇メートル、勾配二七度の進入スロープを上り、中央プラットホーム上にある投入室の中央に設置された四個の投入口の側にバキュームカーを停め、投入作業を行った後南側退出スロープを下って退出するのである。昇は、本件事故当時、八尾市内をまわり屎尿を満載したバキュームカーを運転して本件処理場に到着し、四個の投入口のうち北西側の投入口に屎尿を投棄しようと進入スロープを上りプラットホーム上に停車したが、そのとき、既に昇の車の前にバキュームカーが停車して投入作業を行っていたため、昇は、後輪がプラットホーム北端ぎりぎりの位置に停車せざるを得なかった。停車後、昇は助手の中田一弘とともに降車し、投入作業のため車両後尾のバルブを操作しホースを作動させようとしていたところ、突然バキュームカーが動きはじめ、進入スロープを下に向って後退し昇を轢過した。

三  本件事故は、被告八尾市が所有、管理する本件処理場の屎尿投入施設に瑕疵が存したことにより発生したものである。すなわち、本件事故当時、本件処理場の屎尿投入口の両側のプラットホーム上には常時各々二台のバキュームカーが南北に並んで作業を行うのが通常であったところ、右プラットホームは南北に九・五メートルの長さしかなく、四個の投入口のうち北側の二個を使用する場合は、南側の投入口を使用するためプラットホームの前方に停車したバキュームカーの作業のため車間距離をとる必要があることや、屎尿処理ホースがバキュームカーのほぼ真中からとり出すことになっていること等から車体全体がプラットホーム部分だけでなく進入スロープにかかって停車せざるを得ず、後輪はプラットホームの北端線ぎりぎりのところに停車せざるを得ない状態であり、バキュームカーがタンク内に貯蔵している屎尿を投入処理する際にはエンジンを作動させながらその動力で屎尿をタンクからホースに流動させて排出する仕組になっており、作業時においては車体が激しく振動し、サイドブレーキを引き制動機能を十分作用させたうえ作業を行っても、車体の振動やこれによりサイドブレーキがゆるむ等した場合はバキュームカーが進入スロープを後退し作業員に死亡等の重大な結果を発生させる危険性を有していたにもかかわらず、本件処理場の屎尿投入場のプラットホームはバキュームカーが二台並んで屎尿投入作業を行うにはあまりにも狭すぎ、バキュームカーの停車位置を示すべき指示線や車止めの設置もなく、停車位置を確認し安全指導を行うべき指導員もおらず本件施設は屎尿投入処理施設として一般に有すべき安全性を欠いていた。このことは、本件事故直後、労働基準監督署からプラットホームが狭い旨の注意勧告をうけ、本件事故後一週間程して応急処置として車止めを設置し、かつ、一か月後にプラットホーム北側部分を延長する工事をし、現在では指導員を置いて安全指導を行っていることからも明らかである。本件事故は、右のような本件処理場の施設の設置または管理の瑕疵によって生じたものであるから、被告八尾市は、国家賠償法二条一項により損害賠償責任を負う。

四  被告公社は、被告八尾市から本件屎尿処理施設の使用許可をうけ、本件事故当時五七台のバキュームカーを有し、昇ら従業員と雇傭契約を締結して屎尿処理作業を行っていたのであるから、従業員らを右作業に従事させるにあたっては、使用者として従業員らが安全に作業を遂行できるように物的人的設備等の安全を確保する義務があるとともに、労働安全衛生法における事業者として、同法二三条、二四条に定める安全配慮義務を負い、かつ、労働安全衛生規則一五一条の二第六号に定める貨物自動車に該当する車両系荷役運搬機械等を用いて作業を行うものであるから、同規則一五一条の六第一号に定める右貨物自動車の転倒又は転落による労働者の危険を防止するため運行経路について必要な幅員を保持する等の必要な措置を講じなければならず、右危険が生ずるおそれのあるときは誘導者を配置し誘導させなければならない(同条の六第二号)注意義務を負っているにもかかわらず、これらを怠り、本件処理場には前記三のように安全性に欠ける瑕疵があることを知りながら、プラットホーム北側を延長するとか車止めの設置や誘導員の配置を行うなどの危険防止措置をとらず、従業員に対し安全に作業を行うための指示や安全教育等も行わなかった。

したがって、被告公社は、本件事故について雇用契約に基づく安全配慮義務違反の債務不履行または不法行為により損害賠償責任を負う。

五  本件事故によって生じた損害は次のとおりである。

1 昇の逸失利益

三三〇二万八六六一円

昇は、本件事故による死亡時において三五才の男子であり、昭和五〇年度は二五〇万八九七六円の年収を得ていたところ、本件事故により死亡しなければ六七才まで三二年間就労可能でありその間右金額を下らない年収を得られた。従って、昇の右期間中の生活費を収入の三割とし逸失利益の死亡時における現価をホフマン式により中間利息を控除して算出すると、別紙計算書(一)(1)のとおり三三〇二万八六六一円(円未満切捨)となる。

2 昇の慰藉料 一〇〇〇万円

3 葬祭費 五〇万円

4 原告らの固有の慰藉料

原告鈴江につき 三〇〇万円

原告純一、同豊寿につき 各一五〇万円

5 弁護士費用

原告らは、本件事故による損害賠償請求を実現するため本件訴訟を提起せざるを得なかったので、原告ら訴訟代理人に訴訟の追行を委任し、その費用として次の各支払を約した。

原告鈴江につき 一〇〇万円

原告純一、同豊寿につき 各八〇万円

六  損害の填補 二一六〇万九七四四円

1 原告らは本件事故につき労災保険金として一五一万六七八〇円、労災年金として昭和五五年四月一四日までに合計四六四万七三〇四円、以上総計六一六万四〇八四円をそれぞれ法定相続分に応じて受領した。

2 原告らは、被告公社から損害賠償金として一〇〇〇万円、死亡退職金一八万七三〇〇円、法定外遺族補償金五〇〇万円、葬祭料二五万八三六〇円の合計一五四四万五六六〇円をそれぞれ法定相続分に応じて受領した。

七  よって、原告らは、被告ら各自に対し、被告八尾市については国家賠償法二条一項に基づき、被告公社については債務不履行または不法行為責任に基づき、別紙計算書(一)(2)(3)のとおり、原告らが蒙った前記五の損害から原告らが法定相続分に応じて受領した前記六の金額を差引いた金員である原告鈴江については一一三〇万六三〇五円、原告純一、同豊寿については各九六〇万六三〇五円及び右各金員のうち弁護士費用を除く原告鈴江については一〇三〇万六三〇五円、原告純一、同豊寿については各八八〇万六三〇五円に対する昭和五五年四月二七日(被告公社に対する本件訴状送達の日以後で、被告八尾市に対する本件訴状送達の日の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する被告らの認否

一  被告公社

1 請求原因一の事実は認める。

2 同二の事実のうち本件処理場内の投入口施設の構造及び昇の停車位置については否認し、その余の事実は認める。

3 同三の事実のうち、本件処理場の施設が被告八尾市の所有、管理にかかるものであること、本件事故後、車止めの設置及びプラットホーム北側部分の延長工事がなされたことは認め、その余の事実は否認する。

4 同四の事実のうち、被告公社が、被告八尾市から本件処理場の施設の使用許可を受け、本件事故当時バキュームカーを有し、昇と雇傭契約を締結して屎尿処理作業を行っていたことは認め、その余の事実は否認する。

5 同五の事実は不知。

6 同六の1、2の事実は認める。

二  被告八尾市

請求原因に対する認否は被告公社と同様であるからこれを援用する。

第三被告らの主張

一  本件事故当時の本件処理場の屎尿投入施設の構造は、別紙図面二のとおりであり、プラットホームの長さは一〇・八メートルであったから、事故当時使用していたバキュームカー(三菱T200C型またはいすずTLD23型)二台を一メートルの車間距離をおいて直列に停車させたとしても後車の後輪はプラットホーム北端線から一・六メートルもプラットホーム内に入って停車することが可能であり安全に屎尿投入作業を行える長さであった。作業員らは、すべて後車の後輪をプラットホーム北端より〇・七メートルないし一・九メートルプラットホーム内に入れて停車させており、プラットホーム北端ぎりぎりに停車する者は全くいなかったのであり、運転手が自車を正規の位置にさえ停車させればバキュームカーが後退することなどはあり得ず、したがって車止め設置の必要など全くなかったし、本件事故発生前バキュームカー運転手、同助手ら被告公社の従業員からプラットホームが狭いことを理由に改造や車止めの設置等の措置を講じて欲しい等の要求は全くなかった。また、北側進入スロープの傾斜角は六・二度であり傾斜も緩慢で本件事故車(三菱T200C型)を進入スロープ部分に停車させてもその制動能力をもってすればその場に十分停止させることができ後退することはないのであるし、本件屎尿投入場には年間平均約五万六〇〇〇台のバキュームカーがプラットホームを上り下りしているにもかかわらず本件事故発生後はもちろん事故発生前においてもバキュームカーがスロープを後退したことなどはなく、本件処理場の屎尿投入施設には安全性に欠ける点は全くなかった。

二  本件処理場におけるバキュームカー運転手、同乗者の通常の作業過程は次のとおりである。

1 運転手は、進入スロープを上りバキュームカーをプラットホーム内に停車させる。

2 クラッチを踏みP・T・Oレバーを「ポンプ」位置に入れて真空ポンプを駆動させる。

3 バキュームカーのサイドブレーキを完全に操作させて、自車の後部に回る。

4 その間、同乗者は、バキュームカーの排出ホースを取り外し、本件処理場の屎尿投入口の蓋を開けて、右排出ホースを投入口に挿入する。

5 自車の後部に回った運転手は①排出コックを「開」にし、②吸排切換レバーを「排出」位置にして、③スロットレバーでポンプ回転を調整しながら、④バキュームカー内の屎尿が完全に排出されたか否かをゲージにて確認する。

6 完全に排出すれば、運転手は、①スロットレバーを戻し、②吸排切換レバーを「中立」位置にし、③排出コックを「閉」にする。他方同乗者はバキュームカー排出ホースを本件処理場の投入口より抜き右投入口の蓋を閉め、右ホースをバキュームカーに取付ける。

7 運転手は同乗者と共に、退出スロープを降りて本件処理場を退出する。

三  昇が本件事故時に行った行動は次のとおりである。すなわち、昇は、プラットホームにはバキュームカー二台を直列に十分停車させ得、かつ容易にバキュームカーを前進させてプラットホーム内に停車できたにもかかわらず、進入スロープを完全に上り切らず、自車後輪がスロープにかかった状態で停め、しかもサイドブレーキを完全に操作せずブレーキが効いていない状態のまま運転席をはなれ、自車の後部に回り排出コックを「開」にしようとしたところ、自車が後退し始めたのであるが、屎尿を満載したバキュームカーの重量は四トンを超えこれが下り坂を後退するのであるから到底人の力をもってしては防ぎ得ないことが明らかであるのに、昇は、後退する進路より逃げ出し得たのに逃げようともせず、無暴にもその場にとどまり後退する自車を手で押し止め、押し上げようとした。

本件事故は、昇が作業員としての基本的な注意義務を怠り、長年にわたる運転の慣れから、自車を正規の停車位置に停車させず、かつ、サイドブレーキを完全に操作しないで排出作業にとりかかるといった、運転手として、また作業員としての基本的動作をないがしろにした結果発生したものであり、さらに、右のように後退してくるバキュームカーを自力で押し止めようとした自殺的行動によって生じたものであって、作業員が右のような異常な行動に出ることまで被告らが予見し、設備を整え、監視員を置く等の措置を行うことは不可能であるから、被告らは、本件事故について責任を負うものではない。

四  原告らの主張する労働安全衛生法の諸規定は、国が事業主に対し公法上の業務を課したものであり、その内容において抽象的かつ一般的であるから、右諸規定をもって被告公社と昇間の雇傭契約の内容を具体的に定めたものとはなし得ず、被告公社の具体的な安全配慮義務を根拠づけることはできない。また、本件処理場の施設は被告八尾市の所有管理にかかるものであり、被告公社は、本件処理場に対し支配管理をなし得ず、まして独自の判断で自由に改造等を行うことは不可能である。

五  本件処理場正面入口には、八尾市立衛生処理場の表札があり、正面入口門側壁には、八尾市立衛生処理場の八尾市立衛生処理場入場注意事項なる掲示があり、屎尿投入室西壁には、八尾市立衛生処理場長の投入場使用注意事項の掲示がある。したがって、原告らは、昇が死亡した昭和五一年一〇月四日当時、本件処理場の設備の所有者が被告八尾市であることを知っていたものであり、原告らの被告八尾市に対する損害賠償請求権は国家賠償法四条、民法七二四条により同日から三年間の経過により時効によって消滅した。よって被告八尾市は右時効を援用する。

第四被告らの主張に対する認否及び反論

一  被告ら主張の第三、三ないし五の事実及び主張は争う。

二  原告らは、本訴提起後被告公社の答弁書によってはじめて本件処理場が被告八尾市の所有管理にかかるものであることを知ったのであり、同被告に対する損害賠償請求権の消滅時効の起算点は本件第一回口頭弁論期日である昭和五四年一一月一日であるから、消滅時効は完成していない。

(証拠)《省略》

理由

一  本件処理場の施設が被告八尾市の所有、管理にかかるものであること、被告公社は被告八尾市から本件処理場の使用許可を受け、バキュームカーを所有して屎尿処理業務を行っていたこと、原告鈴江の夫であり、原告純一、同豊寿の父であった昇は、昭和五〇年六月、被告公社との間で雇傭契約を締結してバキュームカー運転手として勤務し、八尾市内から屎尿をくみ取り、本件処理場内の屎尿投入室に投入処理する業務に従事していたところ、昭和五一年一〇月四日、屎尿を満載したバキュームカーを運転して本件処理場に到着し、投入室への進入スロープを上り、四個の投入口のうち北西側の投入口を使用するためプラットホームに自車を停車させた後、助手の中田一弘とともに降車し投入作業のため車両後部のバルブを操作しホースを作動させようとしたところ、突然バキュームカーが進入スロープを後退しはじめたため轢過されて死亡したことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故が発生した本件処理場内の屎尿投入施設の状況は次のとおりである。すなわち、

(一)  屎尿投入室は、本件処理場内の通路から進入スロープを上った地上よりの高さ二・二メートルのプラットホーム上に設置されており、その中央に四か所の開閉蓋のついた屎尿投入口があり、投入口の両側はバキュームカーが停車して屎尿投入作業を行う通路であり、その幅員は西側が三・七八メートル、東側が三・五二メートルである。北側進入スロープは長さ二〇・一メートル、幅一〇メートル、勾配六・二度の坂道、南側退出スロープは長さ一七・一メートル、幅一〇メートル、勾配七・二度の坂道で、いずれも両側にガードレールが設置されている(右構造の状況は別紙図面2のとおり)。昇ら作業員は、屎尿を積載して進入スロープを上り使用する投入口に応じて投入口の東側または西側のプラットホームに停車し、投入作業終了後退出スロープを降りて退場する。投入室は一度に四台のバキュームカーが投入作業を行うことができるが、特に車両の停止位置を指示する停止線の表示や車止めの設置はなかった。

(二)  被告公社は、本件事故当時いすずTLD23型及び三菱T200CT型のバキュームカーを合計五七台所有していたが、いすずTLD23型は全長四・六九五メートル、全幅一・六九五メートル、ホイールベース二・四六メートル、三菱T200CT型は全長四・六六五メートル、全幅一・六九五メートル、ホイールベース二・五メートル、前輪の中心から車体先端までの長さ一・〇〇五メートルで車両総重量は四三九五キログラムであった。被告公社の作業員は八名を一班として編成され、バキュームカー一台に運転手一名、助手一名が乗車して屎尿採取及び投棄処理作業にあたっていた。昇は、本件事故当時中田一弘を助手としてバキュームカーの運転に従事していた。

(三)  バキュームカーの運転手及び助手が屎尿投入作業を行うときの具体的作業内容は次のとおりである。運転手は本件処理場に到着し進入スロープを上りエンジンを駆動させたままプラットホーム内に停車させ、クラッチを踏みP・T・Oレバーを「ポンプ」位置に入れ真空ポンプを駆動させ、車両のサイドブレーキを完全に操作して降車し後部に回る。その間、助手は降車して排出ホースを取外し屎尿投入口の蓋を開いて排出ホースを投入口に入れ固定する。車両の後部に回った運転手は、排出コックを「開」にして吸排切換レバーを「排出」位置にし、スロットルレバーでポンプ回転を調整しながら排出状況をゲージで確認し、完全に排出された後スロットルレバーを戻し、吸排切換レバーを「中立」位置にし、排出コックを「閉」にする。助手は、排出ホースを投入口より抜取り投入口の蓋を閉めてホースを車両に取付けた後、運転手とともに乗車して退出スロープから退場する。通常の投入作業は以上のような過程で行われるが右に要する時間は三分ないし四分位である。

また、本件処理場の使用時間は午前八時から午後四時ころまでで、被告公社は、昭和五一年ころは一日平均二〇〇回前後投入施設を使用していた。一日のうちでも午前九時から一二時まで及び午後二時から三時までは比較的混雑する時間帯で、プラットホーム上で一度に四台のバキュームカーが作業している間他のバキュームカーが進入スロープ下で順番待ちのため待機している状況も時々あった。

2  昇は、本件事故当日の昭和五一年一〇月四日午後二時三〇分ころ、助手の中田とともに八尾市内でくみ取ってきた屎尿を満載した三菱T200CT型バキュームカーを運転して本件処理場に到着し、進入スロープを上り、東側の二つの投入口と南西側投入口は他車が使用していたので北西側投入口を使用するため投入口西側のプラットホームに自車を停車させたが、その時、昇のバキュームカーは、前方に他車が停車して投入作業中であったため、後輪がプラットホーム北端線の直近に位置する状態で停車した。助手の中田は停車後、車を降り排出ホースを取出して投入口に固定させた後投入口付近の手洗のところに立っていた。昇は、停車後、運転席での所定の作業を行ったのち車両の後部についている排出コックを操作するために降車したが、この時サイドブレーキを完全に操作せず、八分位引いた状態のまま車を降りて後部に回った。そして、昇がバキュームカーの後部にある排出コックを開いた直後に右車両が突然動き出し、進入スロープを後退し始めた。ちょうど反対側の投入口を使用して作業をしていた従業員がこれに気づき、「車が下がる」と声をかけるとともに、助手の中田をはじめ投入室にいた人たちがかけ寄り、バキュームカーが後退するのを止めようと車を引張ったが支えきれず、バキュームカーは後部で作業していた昇を轢過しひきずったままガードレールをこすりながら進入スロープを後退し坂下の沈澱池のコンクリート縁に車体を打ちつけて停車した。昇は、本件事故により脳挫傷及び胸腔損傷により即死した。

3  本件処理場では、本件事故発生までこのような事故はなかったし、作業員からプラットホームが狭いとか車止めの設置や停止線の表示をして欲しい旨の要望もなかったが、被告八尾市は、本事故発生にかんがみ、より安全を期するため、本件事故後一週間位してプラットホーム南北両端にV型鉄鋼板による車止めを設置するとともに、一か月位後プラットホームを北側に一・八メートル、進入スロープを二〇・一メートルから二二・九メートルに延長する工事を行い、その結果プラットホームの南北の長さは一二・六メートルとなり、進入スロープの勾配は五・三度と緩やかになった(本件事故後、車止めの設置がなされプラットホーム北側及び進入スロープの延長工事がなされたことは当事者間に争いがない。)。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によれば、本件事故の原因は、昇がバキュームカーを停車させた際、後輪の位置がプラットホーム上の北端の進入スロープとの境付近ぎりぎりのところであったのに、サイドブレーキを完全に操作しないまま排出作業にかかろうとしたため、エンジンの振動により車体が揺れて後輪が進入スロープにかかりそのまま進入スロープを後退していったことによるものと推認される。

三  そこで、本件処理場の屎尿投入施設に瑕疵があったか否かについて検討する。

前記二で認定した事実によれば、本件事故時において屎尿投入室のプラットホームの南北の長さは一〇・八メートルであり、本件事故車両である三菱T200CT型バキュームカーの全長は四・六六五メートル、ホイールベースの長さは二・五メートル、前輪の中心から車体先端までの長さ一・〇〇五メートルであるから、本件投入室プラットホーム上に二台のバキュームカーが直列に並んで作業を行う場合、前車の車体の前面がプラットホーム南端線に位置し、作業に必要な車間距離を一メートルとったとすれば、後車の後輪はプラットホーム北端線から約一・六メートル内側に入る位置にくることとなり、本件投入室のプラットホーム上に二台のバキュームカーが直列に並んで作業を行うことは可能であったということができる。しかし、後車の後輪とプラットホーム北端線までの距離が一・六メートルであるといっても車体後部とプラットホーム北端線までは五〇センチメートル足らずしか余裕がなく、プラットホームは二台のバキュームカーが並んで作業するには全体的にみて狭すぎるといわざるを得ないのみならず、事故時にはプラットホームには車止めや停止線の表示はなかったのであるから各バキュームカーの停車位置は専ら運転手の判断に委ねられており、混雑時においては三分ないし四分間隔でバキュームカーが入れ替わって作業を行っていることや、退出スロープは勾配も急で距離も短い下り坂であることに徴すると、プラットホームの南側に停車する車両が必ずしも先端が退出スロープとの境ぎりぎりの線まで達する位置に停るとはかぎらず、プラットホーム南端線よりかなり内側に停車することや北側に停車する車両が前車との車間距離を一メートル以上とることは十分予想されるところであり、その場合、プラットホーム北側に停車する車両は進入スロープとプラットホームの境付近に後輪がくる位置に停車せざるを得ない事態が発生することも十分考えられるところであり、そのような場所に停車して屎尿排出作業を行えば、作業時のエンジンによる車体の振動により車が動き進入スロープを後退して作業中の従業員や他車両に死亡、損壊等の重大な結果を発生させる危険性が存することも容易に予測しうるところであって、このような危険は、プラットホーム上に停止線の表示や車止めの設置をなすことにより、各車両の運転手をして客観的に正確な停車位置を判定させ、プラットホーム南側に停車する車両には後車に十分安全なスペースを残す位置に停車させるとともに、エンジンによる振動のために車両がスロープを滑り降りることを妨げて、容易に防止することが可能であると考えられる。本件においては昇がことさら前車との車間距離をとりすぎて自車を後方に停車させたものとも認められず、進入スロープとの境ぎりぎりとはいえプラットホーム上に停車したのであるからプラットホーム北端線付近に車止めが設置されていれば昇の車両が進入スロープを後退することはなかったし、停止線の表示があれば、昇はこれにより停止位置を是正する等によって本件事故を未然に防止することができたものと考えられる。従って、本件処理場屎尿投入施設には本来備えるべき安全性に欠ける点が存し、本件事故は右瑕疵に起因するものと認めるのが相当であるから被告八尾市は、右施設を所有、管理するものとして、国家賠償法二条一項の責任を免れず、本件事故によって原告らが蒙った損害を賠償する義務があるというべきである。

四  被告公社は、昇との雇傭契約に基づき、使用者として、昇が労務を提供するに際して昇の生命身体に危害が発生しないように労務提供場所である本件処理場の施設の安全について配慮すべき義務を負うというべきであるところ、本件処理場の屎尿投入施設には、二台のバキュームカーが並んで作業するにはプラットホームが狭いのに、車止めの設置や停止線の表示がない等の瑕疵が存し、そのため右施設で作業する者らに重大な結果が発生する危険性があったことは十分予測できたものと考えられることは前記三で判示したとおりであるから、被告公社としては、被告八尾市から本件処理場の使用許可を受け昇ら従業員を雇傭して業務を遂行している者として、自ら直接施設につき工事を行ってこれら瑕疵を修理改善することはできないとしても、被告八尾市に対し、プラットホームの改良や車止めの設置を申入れるとか、事実上停止線を表示し或いは運転手各自に停止位置を指導し、もしくはプラットホームに指導員を置いて停止位置を運転手に指示する等の措置を行って右危険を未然に防止することは容易に実行可能であったと考えられる。しかるに、《証拠省略》によれば、被告公社においては本件事故当時まで作業の安全対策として月一回開かれる班長会で安全一般についての指導を行い、年二回開く交通安全講習会で交通事故防止の講習を行い、その外、事故が何回か続いたときに全職員にマイクで注意を呼びかけ、また、主任が月一回ないし二回程本件処理場を見回る程度のことを行ってはいたものの、特に具体的にバキュームカーの停止位置等についての指導はなされていなかったこと、さらに被告ら間の協議会等においても被告公社から被告八尾市に対し本件施設の改善申入等がなされたことはなかったことが認められる。

右事実によれば、被告公社は、本件処理場の屎尿投入施設には瑕疵が存しこれに起因する作業員の死亡等の重大な事故が発生する危険性が予測できたにもかかわらず、右施設の安全を確保して被用者に対する危険の発生を未然に防止すべき注意義務を怠ったことにより、本件事故を発生させたものといわざるを得ず、右行為は、昇に対する使用者としての安全配慮義務に違反するものと解するのが相当であるから、被告公社は被告八尾市と連帯して原告らが本件事故により蒙った損害を賠償する義務があるというべきである。

五  本件事故により原告らが蒙った損害は次のとおりである。

1  昇の逸失利益 三三〇二万八六六一円

《証拠省略》によれば、昇は本件事故による死亡当時三五歳の男子であり、被告公社に勤務して昭和五〇年度は二五〇万八九七六円の年収を得て妻と子供二人の生計を維持していたことが認められ、本件事故により死亡しなければ六七歳までの三二年間就労可能で、その間右年収を下らない収入を得られたものと考えられるから、生活費控除を収入の三割とし、年別ホフマン方式により中間利息を控除して同人の本件事故当時における逸失利益の現価を計算すると、その金額は別紙計算書(一)(1)のとおり三三〇二万八六六一円(円未満切捨)となる。

2  葬祭費 五〇万円

《証拠省略》によれば、昇死亡により同人の葬儀が行われたことが認められるところ、本件事故と相当因果関係のある葬祭費用は五〇万円と認めるのが相当である。

3  昇の慰藉料 一〇〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、昇が本件事故によって死亡した当時三五歳の働きざかりであり、一家の支柱として原告らを扶養・養育してきたものであることその他本件における一切の事情を斟酌すると、昇の死亡による精神的損害に対する慰藉料は一〇〇〇万円とするのが相当である。

4  原告らの固有の慰藉料

原告鈴江につき 二〇〇万円

原告純一、同豊寿につき 各一〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告らが昇の妻及び子として昇の収入によって生計を維持していたことその他一切の事情を総合すると、昇の死亡による原告らの精神的損害に対する慰藉料は原告鈴江につき二〇〇万円、原告純一、同豊寿につき各一〇〇万円とするのが相当である。

5  過失相殺

前記二2で認定した事実によると、本件事故発生については、昇にもバキュームカーをプラットホーム上の北端の進入スロープとの境付近に停車させるに際してサイドブレーキを完全に操作しなかった過失があり、これは昇のように自動車の運転を業とする者が日常行う業務の過程において必ず要求される基本的注意を怠ったものであり必ずしも小さいものとはいえず、本件事故による損害額の算定につき斟酌すべき昇の過失割合は三割と認めるのが相当である。

そうすると、本件事故により昇に生じた損害額は前記1ないし3の合計四三五二万八六六一円の一〇分の七の三〇四七万六二円(円未満切捨)となり、原告鈴江に生じた損害額は前記4の二〇〇万円の一〇分の七の一四〇万円、原告純一、同豊寿に生じた損害額は前記4の各一〇〇万円の一〇分の七の各七〇万円となる。また、原告らは、各自、三分の一の相続分に従い、昇の右損害賠償請求権を相続したものであるから、右相続した金額は、原告ら各自につき一〇一五万六六八七円(円未満切捨)となる。

なお、被告らは、昇には後退し始めたバキュームカーの後部でこれを手で押し止めようとした点にも過失があった旨主張し、原告鈴江本人尋問の結果中にはこれに副う供述部分があるが、これは中田からの伝聞であるところ、中田は、バキュームカーが後退し始めたとき昇がどこにいたかわからなかった旨証言しており、これに照らすと原告鈴江の右供述部分は信用性が低くこれだけでは右事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないし、仮りに昇が右のような行動に出たとしても、それは緊急事態において反射的になされた行動と認めるのが相当であって過失相殺の対象となる過失と認めることはできない。

6  損害の填補 二一六〇万九七四四円

原告らが本件事故につき労災保険金として一五一万六七八〇円、労災年金として合計四六四万七三〇四円、被告公社から損害の填補として合計一五四四万五六六〇円、以上総計二一六〇万九七四四円をそれぞれ法定相続分に応じて受領したことは当事者間に争いがない。

そうすると、原告ら各自の損害填補額は各七二〇万三二四八円となる。

7  弁護士費用 一〇〇万円

本件事案の性質、審理の経過、認容額等の諸事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する損害としての弁護士費用は一〇〇万円が相当であり、原告らはこれを法定相続分に応じて被告らに対し請求しうるというべきである。

8  従って、原告らが被告らに対して請求し得る損害賠償の金額は、原告鈴江につき別紙計算書(二)(1)のとおり四六八万六七七二円(円未満切捨)、原告純一、同豊寿につき別紙計算書(二)(2)のとおり各三九八万六七七二円(円未満切捨)となる。

六  被告八尾市は、原告らは本件事故当時、本件処理場は被告八尾市が所有、管理するものであることを知っていたのであるから、原告らの被告八尾市に対する損害賠償請求権は本件事故発生時から三年を経過した昭和五四年一〇月四日の経過により時効によって消滅した旨主張するので以下検討する。

国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求権の消滅時効は民法七二四条により、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間の経過により完成するものであるが、本件において加害者を知るとは、瑕疵の存する公の営造物たる本件処理場が被告八尾市の所有、管理にかかるものであることを知ることをいうものと解されるところ、《証拠省略》によれば、本件事故当時から本件処理場の正面入口には八尾市立衛生処理場名で本件処理場の入場注意事項が掲示されていたこと、さらに屎尿投入室西壁にも八尾市立衛生処理場長名で投入場使用注意事項の看板が掲示されていたことが認められるが、右事実があるからといって昇の妻である原告鈴江が本件処理場が被告八尾市の所有管理にかかるものであることを知っていたと直ちに認定することはできず、他にこれを認定するに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》を総合すると、原告鈴江は、本件処理場は昇が勤務する被告公社の施設と思っていたところ、被告公社に対する本件訴訟を提起し、昭和五四年一〇月二三日に被告公社の答弁書が提出され、同月二四日にこれを受領し、その主張を知るに至ってはじめて被告八尾市の所有であることを知ったことが認められる。そして、原告らは、右答弁書によって本件処理場が被告八尾市の所有、管理にかかるものであることを知ってから三年経過前の昭和五五年四月二一日に被告八尾市を相手方として本件訴訟(乙事件)を提起したものであることは本件記録上明らかである。従って、原告らの被告八尾市に対する損害賠償請求権の消滅時効は未だ完成していないものというべきであって、被告八尾市の消滅時効の主張は理由がない。

七  よって、原告らの被告らに対する請求は、被告ら各自に対し、原告鈴江において金四六八万六七七二円及びうち弁護士費用を除く金四三五万三四三九円に対する被告公社に対する訴状送達の日以後であり被告八尾市に対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五五年四月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告純一、同豊寿において、各金三九八万六七七二円及びうち弁護士費用を除く金三六五万三四三九円に対する前同様の昭和五五年四月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 朴木俊彦 荒井純哉)

〈以下省略〉

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